『「普通がいい」という病』第1講 読書感想part2
健康とは?
私は、健康にこだわっている状態というのは、逆に不健康な状態なのではないかと思います。
健康などということは忘れ、そんなことを考えずにいることこそ、本当の健康なのではないでしょうか。
これは何でもかんでも好き好きにやってみてしまえばいいというものではなく、
例えば、、、
草野球の大事な一戦を前にコンビニでスポーツドリンクを買いに来たとしましょう。
そしたら友人が、ポカリかアクエリアスか・・・
というところで猛烈に悩んでいたらどうでしょう。
ゲンを担ぐ意味で、前にポカリで勝ったらからポカリやな!
みたいな悩み方なら面白いかもしれませんが、
「うーん、味はポカリだけど、カロリーは・・・」
みたいな、、笑
そんな悩み方って健康を意識しすぎた不健康なのではないかと思います。
それならいっそ、コーラを買ってしまって欲しいと思ったりします。笑
・自分で自分に貼ったレッテル
「私は神経質です」「私は頑固です」「私はうつ病です」・・・・・。
貼ったことによって、自分で自分を規定してしまいます。言葉には、対象を固定してしまう働きがあるので、こうしてレッテルの言葉の中に、自分自身を閉じ込めてしまう。
なりたい自分には言葉から変えよう!!!
という話ではありません。
ポジティブな言葉を使おう!
という話でもありません。
自分にどんなレッテルを貼っているか、使っている言葉や、浴びせられている言葉で自分にどんな思い込みがあるのか。
それに自覚的になろうという話です。
「あの人のあの一言が許せない!!!」
なんてことはないでしょうか。私はあります。笑
客観的に見てもその人の言葉は許されるものではないにしても、
なぜかそんな言葉を使っている人はいます。
”そんな言葉”と言っても意味があり、使われるから”そんな言葉”は存在しています。
ということはその言葉に込める意味が大きく違うのでは?と考えてみたいです。
ここでは
「言葉の手垢」
という表現が使われています。
どんな意味なのでしょうか。
続く